星の残る夜、青年はひとり、庭に降りていた。 湿った砂利の感触が、裸足の足裏を冷たく伝ってくる。 手には、白檀の香の抜けきらない書物があった。 黒髪の男から渡されたものだ。まだ、まともにページは開いていない。 名とは、誰かに与えられるものなのか。 それとも、呼ばれたことで存在するものなのか。 彼女の言葉が、頭から離れなかった。 ――呼びたいと思ったのです。 ――呼ぶことで、あなたがここにいると、信じられる気がするから。 呼ばれた。 名前ではなく、意志で。 青年は、空を見上げた。 星の名も知らない。 でも、そこにある光だけは、なぜか心にしみた。 ふと、邸の庭にあった一本の柊の木を思い出す。 その葉に触れた小さな痛みだけが―― たしかに、自分が「生きていた」証のように思えたのだ。 書物を開く。 手が止まる。 一節。 『少しだけ、あなたに 呼ばれてみたいと思ってしまった。』